墨彩画を描くと、心が癒されるのは何故? 7つの理由を解説します。

こんにちは。

墨彩画家でセラピストの桂颯(けいそう)です。

 

今回は、墨彩画を描くと、

何故、

心が癒されたり、安定してくるのかという

理由について、解説していきたいと思います。

 

元々、私が墨彩画を描くようになったのは、
偶然の出会いによるもので、

墨彩画を描くことが、

心を癒すと分かっていたからではありません。

 

でも、墨彩画を描いているうちに、

どんどん自分の心が変化してくるので、
何故、こんなに楽しいのだろう?

何故、こんなに心が癒されるんだろう?

と後から自然療法的に、理由を考えたわけです。

目次

第一の理由  体が自然を求めている!

以前、

【自然療法の話】心の浄化方法No2で解説したように、

【自然療法の話】心の浄化法NO2 自然とのかかわりの中で、心を浄化する方法について

私たち人間は、6~700万年間、

ずっと自然環境下で過ごしてきました。

 

日の出とともに目覚め、日没とともに寝るのが、

当たり前だった昔。

私たちの祖先は、厳しい自然環境の中で、

自然の恩恵を頂きながら、

自然とともに、生活していたのです。

 

今のような都市環境下での生活期間は、

ほんの2~300年に過ぎず、
99.9%以上を自然環境の中で、過ごしてきたのです。

 

遺伝子というのは、

数百年という短期間では、変化できないのだそうです。

 

つまり、私たち人間は、

自然環境に適応した遺伝子の体で、

現代社会を生きていることになります。

 

その良い例が「肥満」かもしれません。

野生動物を見てもわかるように、

自然の厳しい環境の中で、

食べ物を得るというのは、至難の業だったことでしょう。

 

今日、食べ物が得られても、

明日食べられるとは限らない。

 

「食べられなければ、死ぬ」という厳しい状況で、
私たちの祖先は、食べ物に対して貪欲で、

いつも飢餓感を抱えていたはずです。

 

飽食の時代は、ここ数十年くらいのものでしょう。

そうした人間の長い歴史の中で、

ずっと飢餓感を抱えてきた私たちの遺伝子は、

豊富な食べ物を前にすると、本能的に

「食べられるうちに食べておこう」と

つい必要以上に食べてしまうのではないでしょうか?

 

そして、飽食の時代に適応していない体では、

肥満になったり、糖尿病になったりすると考えられます。

 

ダイエットが簡単でないのは、

こうした飢餓感を抱える遺伝子との闘い、

つまり本能との闘いになっているからだと思うのです。

 

話が飛びましたが、

そういうわけで、私たちの体は、

もともと、自然環境に適応しているので、

現代のように、自然に逆行した生活をしていると、

どうしてもストレスを感じてしまうのです。

 

科学が進歩し、便利な世の中になっていけばいくほど、

逆に自然から遠ざかり、

ゆとりのない生活になっているのではないでしょうか?

 

時間に追われ、次々に流れ込む情報に振り回され、

ストレス度は、かなり増しているはずです。

 

そんな状態の私たちなので、
自然豊かな山や海、公園に行くと、

体が勝手に故郷に戻ったような状態になり

ほっと癒されるんですね。

 

自然を求めるのは、私たちの本能なのです。

 

第二の理由  身近な自然に癒される!

わざわざ、遠くまで自然を求めていかなくても、

身近な植物を見たり、触れたり、

香りを嗅いだりするだけでも、

心が癒されることが、科学的に証明されています。

 

しかも、自分の好きな植物であれば、

癒し効果はさらに高まるのだそうです。

 

墨彩画を描いていると、常に、お花に接する毎日です。

 

椿や桜、藤、山茶花、バラ、牡丹などなど。

 

私たちの周りは、墨彩画の題材の宝庫です。

 

庭に咲いているお花でも、
外出時に見かけたお花でも、

描く対象は身近にいくらでもあるので、

描きたくて、わくわくする毎日です。

 

墨彩画でお花を描いていると、
ただ眺めるのではなく、

お花の隅々まで観察したくなります。

 

花びらは何枚?
葉っぱは、茎のどこから出ているの?
つぼみは、どんな形。
花芯はどうなっているの?

 

お花と触れ合う時間が長くなればなるほど、

癒される時間も長くなります。

 

第三の理由 季節感を味わえる

墨彩画を描くようになると、

季節の移り変わりをしみじみ感じられるようになります。

 

あちこちの庭で、梅の花の香りがしてきた。

寒さももうすぐ終わり、春が近いのね。

白木蓮のつぼみが大きくなってきたな。

開花が待ち遠しいな。

 

山桜、昨年は見損なったから、

今年こそは写真撮らなくちゃなどなど。

 

いつも季節を意識するようになります。

 

こちらの生活はお構いなし。

待ったなしで、

刻々と流れてゆく四季の移ろいに敏感になり、

心が動かされ、風情を感じるようになります。

 

新緑を渡る風の音が、

心に染み入るように聴こえてきます。

 

鶯のさえずりが、どんどん上達していくのを、

まるで子供の成長を慈しむ親のように、

嬉しく聴こえてくるようになります。

 

雨の日に、咲かずに終わた松葉牡丹の花に

無常を感じたり、

枯葉の上で、威嚇するカマキリを愛おしく思ったり、

家の軒下に巣をつくった燕たちが、

無事に子育てを終えることを祈ったり、

 

現代社会のただ中にいながら、

心は、自然の中にいて、豊かに広がり、

楽しむことができるようになります。

 

第四の理由 植物に詳しくなる

好きな人のことをもっと知りたいと思うように、
お花を描いていると、

そのお花についてもっと知りたいと

思うようになります。

 

この「さわやか墨彩画教室」でも、

描く植物について解説文を入れています。

 

そうすると、いつのまにか、

植物についての知識が増えてくるんですね。

 

「きれいなお花だけど、この植物には毒があるのよね」とか、

 

「菖蒲とアヤメの違い」について
「辛夷とハクモクレンの違い」についてなど、

豆知識が増えると、さらに
親近感がわき、植物に対して愛着がわいてきます。

 

愛着が増すと、お花から癒される効果も増すのです。

 

第五の理由 ネガティブ感情が遮断される

墨彩画を描いているときは、無心です。

坐禅や瞑想をしていると、

無心になることが、とても難しいことを実感しますが、
お花を描いているときは、

あっという間に集中するので、

気が付いたら無心で描いています。

 

何かに没頭しているときは、

日常のさまざまな雑念が遮断されるので、

頭がすっきりしてきて、集中力が増します。

 

第六の理由 カラーセラピー効果

カラーセラピーというのは、

色が私たちに与える効果を利用して、

心や体の調子を整えていくセラピーのことです。

 

実は、色は、人の心にさまざまな影響を与えています。

【顔彩で描く秋の風景】でお伝えしたように、

【顔彩で描く秋の風景】「夕焼けとすすき」の描き方 夕焼けの赤がもたらす、体にいい理由とは?

赤色には、人を興奮させる効果があり、

青色には、人の心を鎮める効果があります。

 

また緑は、森や草原から連想されるように、

人の心を癒す効果があり、

ピンク色は、人の心を優しくしてくれる効果があります。

 

 墨彩画を描く時、選ぶ色によって、

私たちは、癒されたり、浄化されたり、

元気をもらえたりするのです。

 

第七の理由 達成感

蓮の花1

 

たとえ、一日10分の写生しか描けないとしても、

継続すれば、一週間で70分、

一か月で、300分=5時間、1年で約30時間。

必ず、上達します。

昨年の私より、今年の私、そして来年の私と、

確実にうまくなっていることを実感できるので、

達成感を味わうことができます。

以前、「心の浄化法」の中でお伝えしたように、

こうした達成感には、心を浄化する作用があります。

【自然療法の話】淀んだ心をすっきりさせたいときは? 心の浄化法について解説します。

 

おまけの第八の理由 下手は下手なりに

 

墨彩画を習い始めて

2か月ぐらいのことだったでしょうか?

 

大胆にも、年賀状にフキノトウを描いて、

友人や親せきに送りました。

相当下手だったと思います。

 

すると、早速、画家の親戚から電話で、

「大胆なタッチで面白いね!」と

お褒めの言葉を頂きました。

勿論、お世辞ですが、なんだか楽し気な雰囲気でした。

 

すずめを描いて娘に送った時には、

「すずめというより、宇宙人みたい」と笑われました。

 

民生委員で、お年寄りの見守りに行っていたとき、

お留守のお宅のポストに「お元気ですか」のハガキ絵を

一枚入れておいて、とても喜ばれました。

「あれは、もしかして、クチナシの花だったのかしら」と。

 

下手でも、どんどん描いて、

人に送ると、良いと思います。

面白い交流ができます!

 

まとめ

ハガキ絵一覧

今回は、

【墨彩画を描くと、心が癒される7つの理由」

について解説しましたが、

本当は、他にもたくさん良い効果があります。

クリエイティブになれる
死ぬまで描くことができる
頭を使うので、ボケないなどなど。

皆さんも、ぜひ、墨彩画の楽しさを体験してみてくださいね。

今回は、ここまでです。

最後までお読みくださりありがとうございました。

また次回、お会いしましょう。