こんにちは。
墨彩画家でセラピストの桂颯(けいそう)です。
今回、ご紹介する墨彩画作品は、
鉤勒法(こうろくほう)で描いた「カワセミ」です。
実は、「カワセミ」を描くのは、初めてだったので、
まず、写真を見て、何枚も写生を行いました。
このように、墨彩画の作品を描こうと思うなら、
まず「写生」をたくさん行う必要があります。
墨彩画を上達させるためのコツとして、
これまで、有名画家の作品を鑑賞することや
「模写」をすることをお伝えしてきましたが、
今回は、最も重要なこの「写生」について、
解説していきたいと思います。
「模写」については、以下の記事をご覧ください。
有名画家の作品鑑賞については、以下の記事をご覧ください。
目次
美大では、「写生」は必須項目
「写生」とは、「スケッチ」のことですね。
美大では、「スケッチ」というより、
「デッサン」という言葉を使っているようですが、
「デッサン」は、絵を描くうえで、
重要な必須科目となっているようです。
私は、美大出身ではないので、実際のところはわかりませんが、
学生が何時間もかけて、ビーナス像や裸体などを
陰影をつけて、細かに、写生している姿を
テレビなどでよく見かけますよね。
特に、洋画においては、
まず、「デッサン」から始まるといっても、
過言ではないくらい、絵の基本なのですね。
ちなみに、
「スケッチ」と「デッサン」の違いは、
スケッチは、大まかに対象を描写することですが、
デッサンは、スケッチだけでなく、
細部まで細かく描写する細密画も含んでいるので、
もっと広い意味ととらえられるようです。
私が「写生」の必要性を感じたとき
私はというと、墨彩画を初めて習ったとき、
写生は全く行いませんでした。
私が習った墨彩画は、主に「没骨法」によるものだったので、
お花の描き方、葉っぱの描き方を教えていただき、
ひたすら、先生のお手本を見ながら模写をし、
筆の技の習得に努めたからです。
没骨法は、植物の種類によって、
お花や葉っぱの描き方が、ある程度、
確立されているんですね。
なので、「花菖蒲」の描き方、
「牡丹」の描き方というように、
一つ一つ、描き方を学んでいくわけです。
なので、
最初は、写生の必要性を感じませんでした。
宿題をこなすことに必死で、余裕がなかったというところが、
正直なところです。
しかし、さまざまな植物の模写をしているうちに、
次々に疑問が出てくるようになってきたんですね。
実際は、椿の葉っぱは、どういう風に枝についているんだろう?
椿の花は、枝のどの部分についているんだろう?
バラの花びらは、何枚あって、どういう風に重なっているのだろう?
葉っぱの形は、どうなっているのだろう?
没骨法で描かれた絵を見ただけでは、さっぱりわかりません。
没骨法は、ある意味、抽象作品なので、
具体的なところは、見えないんですね。
疑問を解決するには、実際に植物を見て、
観察するしかありません。
でも、ただ見て観察するよりも、
実際に見て写生することの方が、
何倍も、その植物を理解できることがわかりました。
その植物の構造がすべて、わかった上で、「椿」を描きたい。
「バラの花」を描きたいと、
強く思うようになってきたんですね。
それで、自主的に、写生を行うようになったわけです。
そうした、私の漠然とした想いは、正しかったことが、
習い始めて、数年後にわかりました。
つまり、没骨法の「椿」を描く
先生の頭の中には、実際の椿の姿が明確に存在し、
その中で、墨線を省略し、単純化しているので、
先生が描かれる「椿」には、説得力があるわけです。
しかし、わけがわからず、ただ真似をして描いても、
私の描く「椿」には、まるで説得力がなかったんですね。
日本の絵画の歴史から見たときに、
「写生」ということに、
最初に光を当てたのは、円山応挙(まるやまおうきょ)
かもしれません。
徹底的に写生を行った円山応挙
「写生」は、昔から絵師たちにとって
欠かせないものでしたが、
「写生」を徹底的に行った最初の画家は、
江戸時代中期に活躍した円山応挙でしょう。
応挙は、つねにスケッチ帳を持ち歩き、
目についたものを描き、弟子たちにも
その大切さを説いていたそうです。
徹底的に写生を行うことで、たどりついた描法が、
「描かない」という表現だったのです。
塗り残すことで雪の白さを表現したり、
筆の数が少なく、輪郭線がないにも関わらず、
全体として、細かく描いているように見えるのです。
これは、徹底的に写生して、描く対象の特徴を
隅々まで理解しているからこそ、できる描法ですね。
以前、ご紹介した「川合玉堂」も写生をよくした画家でしたが、
やはり、その作風は、非常にすっきりして無駄がありません。
こうした画家たちの作品は、
数限りない「写生」をたゆむことなく行った末に、
ようやく、たどりついた、その画家ならではの、
命の筆痕なのかもしれません。
私の写生 「かわせみ」
私のつたない写生をお見せするのは、
大変、恐縮なのですが、
「かわせみ」作品が仕上がる過程をお見せするのも、
「写生」をお勧めするうえで、役立つように思えますので、
敢えてご紹介させていただきます。
前述したとおり、私は、「写生」を
正式に習っているわけではないので、
自己流です。
けれど、墨彩画を描くには、それで十分のような気がします。
とにかく、自分が納得いくまで、何枚も描くことが
重要なのだと思います。
今回は、「カワセミ」を写生しました。
「カワセミ」は、水辺に生息する小鳥で、
「青い宝石」ともいわれる、大変美しい鳥です。
普通だったら、なかなかお目にかかれない鳥ですが、
今は、大変便利な世の中になりましたので、
ネットで探せば、いくらでも、「カワセミ」の写真が出てきます。
その中で、著作権フリーの写真を印刷して、
それを見ながら写生いたしました。
写生するのに、用いた小型のスケッチ帳と2Bの鉛筆です。
まず、左向きの「かわせみ」、
少しうずくまった「かわせみ」
口を開けた「かわせみ」
右向きの「かわせみ」
体をねじった「かわせみ」
羽を広げた「かわせみ」などなど、
何枚も写生していくと、
くちばしが長く、頭が平ぺったく、尾が短い、
美しい青色の羽の中に、斑点があり、
足が赤いなど、
「カワセミ」の特徴が見えてきます。
日本画の「かわせみ」作品を見てみると、
そうした特徴を強調して、細かく描かなくても、
ちゃんと「かわせみ」になっているんですね。
今回描いた私の写生の数は、まだまだ少ないので、
写実的に作品を仕上げてみました。
実際の「かわせみ」の美しいプルーの色は、
吉祥の顔彩では、表せません。
どの色を、どの順番で、混色するか、
あれこれ試行錯誤して、今回は、
このような作品に仕上げました。
まだまだ改善の余地はたくさん残されています。
若冲、写実を越えた世界
鶏の絵で有名な伊藤若冲は、
数十羽の鶏を飼い、それを写生し続けた末に、
あの美しい鶏を描きあげました。
鶏の姿だけでなく、動きまで熟知しているからこそ、
一瞬をとらえた鶏に、圧倒的な生命力が感じられるのだと思います。
竹内栖鳳の班猫
竹内栖鳳(たけうちせいほう)は、
近代日本画の先駆者で、動物を描けば、
そのにおいまで描くといわれた画家で、
私の大好きな日本画家のひとりです。
この画家の作品の中で、私が最も好きな絵は、
この「班猫」です。
この猫のモデルは、
近所に住む八百屋のおかみさんの愛猫だったのですが、
栖鳳が交渉して、譲りうけ、
日夜、画室で自由にあそばせ、写生したのだそうです。
猫の毛の一本一本が感じられ、とてもリアルで美しい。
しかも、ただ猫を描いているだけじゃない、何かが、
伝わってきます。
見るたびに、ため息のでる素晴らしい作品です。
まとめ
今回は、「写生」について、
その意味や重要性、過去の画家たちが取り組んだ「写生」、
私が描いた「かわせみ」の写生などを含めて、
いろいろ解説してみました。
「写生」は、鉛筆とスケッチ帳さえあれば、
いつでも、どこでも、簡単に始められます。
忙しい時間の合間に、
好きなお花と向き合い、写生してみませんか?
お花を眺めているうちに、どんどんお花が愛おしくなってきて、
癒されますよ。
では今回は、ここまでです。
いかがだったでしょうか?
最後まで、お読みくださりありがとうございました。
また次回、お会いしましょう。