「墨彩画と日本画はどこが違うの?」 〇〇を使うのが、日本画。使わないのが、墨彩画。

こんにちは。
墨彩画家でセラピストの桂颯
(けいそう)です。

今回は、
墨彩画と日本画の違いについて、
解説いたします。

ちなみに、

最初に表示された画像は、

後で解説する狩野派最後の画家狩野芳崖の「仁王捉鬼図」という作品です。

素晴らしいですよね。

 

油絵や水彩画、アクリル画などと違って、

墨彩画にしても、日本画にしても、どこか曖昧で、

わかりにくいですよね。

実際、墨彩画には、

明確な定義はありません。

ただ、一般的に理解されている墨彩画は、
水墨画を、顔彩などの絵具で彩色したものと言えるでしょうか。

一方、日本画は、
板、麻、絹、紙などに、筆を使って、

岩絵の具を膠で接着させて描く絵
画です。

つまり、おおざっぱに区別するなら、

岩絵の具と膠を使うのが日本画で

使わないのが墨彩画と言えるのかもしれません。

ただ、私の描く墨彩画は、
水墨画に彩色する描き方というよりは、
限りなく日本画に近い描き方をするので、
「簡易日本画」といったところです。

何故なら、岩絵の具を使わないだけで、
ほとんど、日本画と同じような描き方をするからです。

ということで、
今回は、日本画について、
もう少し詳しく解説していきましょう。

「日本画」という名称について

この画像は、川合玉堂の作品。

実は、「日本画」という名称は、
明治時代に、西洋から伝えられた油彩画
(西洋画)と区別するために、つくられた言葉なのです。

「日本画」という呼び名が、一般的になるのは、

明治20年~30年ごろです。

それ以前は、「日本画」という概念はなく、

題材や絵画様式、技法、描かれる素材、などにより、

それぞれに名称がつけられていました。

 

一部抜粋すると、

浮世絵
江戸時代、庶民階層に広まった絵画で、

美人画、役者絵、力士などがよく描かれています。

浮世絵の作品形態は、

肉筆画(筆で直接描いたもの)と木版画(印刷物)にわかれます。

木版画にすることで、大量生産が可能となり、

庶民に人気を得ました。

上記写真は、喜多川歌麿の浮世絵です。

絵巻物
貴族的な題材を描いた源氏物語絵巻や

武士の社会を反映した戦記絵巻、

仏教布教のための絵巻物などがあります。

 

花鳥画
草花や鳥、昆虫などを題材とした東洋絵画

 

山水画
山水などの自然の景観を対象として描いた絵画。

 

水墨画
墨線と墨の濃淡、にじみやぼかしによって表現する絵画。
室町時代には、雪舟、桃山時代には、

長谷川等伯などの優れた画家が排出しています。

襖絵
平安時代以降、宮廷や貴族の邸宅の室内装飾として、

襖にやまと絵などが描かれていました。

寺院においては、水墨画なども描かれています。

仏教絵画
仏教を主題にした絵画。

礼拝のための仏像が描かれたり、曼荼羅などがあります。

やまと絵
10世紀ごろから、中国の題材を扱った唐絵と区別するために、

日本の風物を題材にし、日本人の心情にあう絵画をやまと絵と呼びました。

 

この他にも、南画、文人画、屏風絵などなど、多数の絵画があります。

日本古来の絵画の流派

上記写真は、狩野芳崖「仁王捉鬼図」です。

室町時代以前、
日本の絵画は、大きくわけて、
やまと絵の流れをくむものと、

中国の漢画の流れをくむものが

ありましたが、それぞれ二つの流れは、

互いに影響を及ぼしあい、
多くの流派を生み出しました。

狩野派
室町中期から明治初期まで約400年続いた

日本美術史上、最大の流派です。

狩野派は、足利家、織田信長、豊臣秀吉、徳川家のお抱え絵師として、

繁栄していきました。

狩野派の始祖は、狩野正信。

狩野派のスタイルを確立したのは、その孫の狩野永徳。

江戸に本拠地を移した狩野探幽。

個性的な絵を描いた狩野山雪など、

世襲により家系と地位を確立し、

優れた作品を次々に生み出し、江戸時代に受け継がれていきました。

 

円山派
江戸中期の画家 円山応挙が起こした流派。
応挙は、最初、狩野派に学びますが、

その後、写実的な(そっくりに描くこと)表現を基礎とし、

さらに伝統的な装飾性を融合させた新たな画風を確立しました。

私の大好きな画家のひとりです。

著作権の関係で、作品を出せないのが残念です。

 

土佐派
平安時代から続く、王朝古典を描く流派です。

やまと絵の伝統を継承し、あざやかな色彩を特徴としています。

琳派
「琳派」という派閥があるわけではありません。
大変、おもしろいのですが、師弟関係もありません。
洗練された大胆な構図、鮮やかな色彩の装飾性の高い絵画を描いた

俵屋宗達、尾形光琳の画風を酒井抱一が敬愛し、

継承したことから、琳派の概念が生まれました。

琳派は、時空を超えて、画家自らの意思により画風を展開し、

発展させてきたユニークは流派です。

円山応挙や尾形光琳、俵屋宗達、酒井抱一など、

私の大好きな画家の作品をここに表示できないのは残念です。

Google Arts & Cultureの以下のサイトの検索で、

画家名を入れると、作品集が一覧できますので、

ぜひ、ご覧になってください。

https://artsandculture.google.com/

 

しかし、これらの流派は、明治20年、東京美術学校が創立され、
美術展覧会が開かれるようになると、

互いに影響しあい、
西洋画の影響も受けて、流派の概念は失われていきました。

現代の日本画の描き方

①デッサン
スケッチブックに、モチーフを写生します。

② デッサンの彩色
色鉛筆や水彩絵の具などで、彩色します。

③下図の作成
トレーシングペーパーにモチーフを書き写す

④転写
紙に、下図を転写する

⑤骨描き(こつがき)
転写した線の上から、面相筆で墨をなぞる

⑥下地塗り
胡粉を膠で溶いて、刷毛で、紙面上を塗る。

⑦彩色
岩絵の具を薄く何層にも塗り重ねて、彩色する。

なんだか、「さわやか墨彩画」でご紹介している

鉤勒法(こうろくほう)の描き方に似ていると思いませんか?

そうなんです。

実は、「さわやか墨彩画教室」では、

日本画の描き方を取り入れて

墨彩画を描いているのです。

けれど、水墨画の没骨法も使いますので、

いいとこどりですね。

まとめ

今回は、

【墨彩画と日本画はどこが違うの?】

〇〇を使うのが日本画、使わないのが墨彩画

というテーマで、

墨彩画と日本画の違い、日本画の名称の由来や歴史について、

解説しました。

いつか、日本画の画材の岩絵の具や紙についても、

解説したいと思いますので、楽しみに待っていてくださいね。

さて、今回は、ここまでです。

最後までご覧いただきありがとうございました。

次回、またお会いしましょう。