【墨彩画作品 姫辛夷のハガキ絵】「さわやか子育て講座」生きるための知恵を教える

ハガキ絵 姫辛夷の花

墨彩画 姫辛夷のハガキ絵 

こんにちは。

墨彩画家でセラピストの桂颯(けいそう)です。

 

今回、ご紹介する墨彩画作品は、

早春に咲く「姫辛夷」のハガキ絵です。

以前勤めていた薬局の駐車場の近くに

咲いていた姫辛夷。

そのお花が、とても愛らしいので、

写真に撮って、描きました。

この絵を見ると、

いつも「薬局」のことが懐かしく思い出されます。

 

さて、今回の心の講座は、

「さわやか子育て講座」から

「生きるための知恵を教える」というテーマで

お届けいたします。

 

人が生きていくためには、

学校や塾で教えられる「知識」だけでなく、

「知恵」というものが、必要です。

 

さて、「知識」と「知恵」は、どう違うのでしょう?

ネットで調べてみたところ、

「知識」とは、知っていること。

「知恵」とは、知っていることを活用すること。

物事の道理を判断し、処理していく心の働き。

と説明してありました。

ちょっと、わかりにくいですね。

 

今回、私がお話しする「生きるための知恵」は、

少し意味が異なるかもしれませんが、

独自に、以下のように定義しました。

 

先人たちが、自分の人生を通して、

数々の経験と失敗を繰り返しながら、

心と体で学んできた

「苦難の乗り越え方」とか「人としての在り方」とか、

「人の愛し方」とか「人とのかかわり方」などなど、

「よりよく生きていくための方法」です。

 

昔は、親だけでなく、おじいちゃん、おばあちゃん、

親せき、近所の人、教師など、たくさんの大人たちが、

そうした「知恵」の数々を

言葉を通して、

または自分の背中を通して、

子供たちに教えてきました。

 

「知恵」を多く身につけていれば、

人生でつまづいたり、何か困ることがあっても、

先人たちに習い、迷うことなく、

真似をして、よりよく生きることができます。

 

しかし、そういう「知恵」を知らない子供たちは、

つまづくたびに、途方にくれ、道に迷ってしまうことでしょう。

 

苦しい事態に陥ったときに、

誰にも相談できない子供は、

真っ暗闇の中を、たった一人で手探りで歩くようなものです。

 

核家族となり、

成績重視、「知識」偏重の現代、

子供たちに、「生きるための知恵」を教えてくれる人は、

とても少なくなりました。

 

自然療法セラピストとして、

自宅サロンを訪れる、心に問題を抱える思春期の子供たちに

数多く接してきましたが、

全員が、スポンジが水を吸収するように、

「生きる知恵」について学びたがりました。

「そんなこと、今まで聞いたことがなかった」と

私の話を聞きたがりました。

 

そして、純真で素直な子供たちは、

「生きるための知恵」を教えていくたびに、

目を輝かせ、一つ一つ自分で経験しながら、

たくまく強く成長してくれたのです。

 

日本の子供たちは、いずれ、厳しく生きにくいこの世の中に

巣立っていかなければなりません。

 

親の手元にいる間に、

「生きるための知恵」について、できるだけ多くのことを

言葉にして教えてあげましょう。

 

「知恵」の一つ一つが、道しるべとなり、

子供たちを強く、たくましく生きていけるよう

導いてくれるからです。

 

しかし、どうやって「知恵」を教えていくのか、

戸惑うご両親も多いことでしょう。

 

今回は、

「生きるための知恵」とは、どんなものか?

どのように、子供たちに伝えていくものかについて、

お伝えしていきたいと思います。

 

 

まずは、私自身が、家族から教わり、

生涯にわたって、私を導いてくれた「生きる知恵」について、

いくつかご紹介しましょう。

 

目次

祖母から学んだ知恵

 

 

祖母は、私が、この世で最も尊敬する人。

まるで、観音様のように、底抜けに優しい人でした。

祖母から教わった「知恵」は、数えきれず、

どれほど、私を導いてくれたかわかりません。

 

とにかく、どんなにひねくれて、ささくれだった状態の私でも、

自然といい子にしてしまう不思議な力をもつ人だったのです。

 

小学生のころから、ずっと不思議でした。

何故、祖母の周りに集まる人は、みんな「いい子」になるのだろうと。

 

そして、大人になって、ようやく気がつきました。

 

祖母は、目の前の子供たち一人ひとりの光る部分を見つけ、

「なんて良い子なのだろう」と心底、感動し、

その子の幸せを心から願ってくれていたのでした。

 

人は、自分を心の底から信じてくれる人を

裏切りたくないものです。

なので、祖母の周りに集まる人は、みんな「良い人」に

なってしまうのです。

 

しかし、祖母は、最初から、

観音さまだったわけではありません。

 

地主の娘に生まれて、大切に大切に育てられていた祖母は、

時々、弟をいじめるような、ごくごく普通の子供だったのです。

 

しかし、

嫁いだ先で、大変な苦労をしました。

意地の悪い姑にいびられ続け、

食べ物もろくに与えられなかったために、

最初の子を死産させてしまうのです。

 

しかも、自分で、お産の後始末をし、

死んだ子供を埋めたそうです。

昔は、こんな嫁いびりは、日常茶飯事だったみたいですね。

 

それでも、畑をたがやしながら、3人の子供を育てるのですが、

4人目を生んだときに、栄養不足のために、

とうとう母乳が出なくなってしまいました。

 

貧しく、孤独の中で、

疲れ果てた祖母は、つり橋の上から、背中におぶった子供と一緒に

身を投げようと思ったそうです。

 

その時、偶然、通りかかった人が、

「まあ、可愛そうに。やせた赤ちゃんね。

うちに山羊がいるから、そのお乳をのむといいよ」と

声をかけて、助けてくれたのだそうです。

 

祖母は、この時、ひらめくように気が付いたそうです。

「私は、間違っていない。」と。

 

ずっと、姑にいびられ続け、

「お前は悪い嫁だ」と言われ続けていたので、

素直な祖母は、「自分が悪い。すべては自分のせいだ」と

思っていたのかもしれません。

 

しかし、優しい人に出会って、初めて目が覚めたのです。

「私は、間違っていない。

これからは、自分の信じる通りに子供たちを育てていこう」と。

 

祖母の心に一大転換が起きたのです。

祖母は、その時から、とても強くなりました。

人は、自分のためには、なかなか強くなれませんが、

子供のためなら、どこまでも強く、知恵を働かせることができます。

 

畑だけでは、子供たちを養っていけないと思った祖母は、

農作業の合間に、養蚕業を始めました。

そして、なんと、5人の子供のうち、

長女(私の母)以外の4人全員を

四国の山奥から、大学にまで行かせたのです。

 

私は、母から、祖母の話を何度も何度も聞いて育ちました。

私自身は、祖母といっしょに暮した経験はなく、

数年に一度、四国の山奥に、母とともに会いに行っただけです。

 

思いだすのは、四国の山奥の澄んだ空気と

朝夕、般若心経を熱心に称え、

家族全員の幸せを祈る祖母の姿と、

底抜けに優しい祖母の笑顔です。

 

しかし、私が、母を通して、祖母から学んだ「生きる知恵」は、

私の生涯にわたっての宝物になりました。

 

苦しい試練に会っても、

「祖母に比べれば、私の苦労など大したことないな」と

思うことができ、なんとか乗り越えることができました。

 

毎朝毎夕、般若心経を称え、

家族全員の幸せを祈り続けていた祖母を見習って、

私も、周りの人々の幸せを毎朝祈るようになりました。

 

高等教育を受けたわけではない、ただの田舎のおばあさんなのに、

誰よりも、優れた「知恵」をもっていて、

祖母の言葉は、いつも、心に響きました。

祖母の人生そのものが、「生きる知恵」だったように思います。

 

母が教えてくれた知恵

「喧嘩はしてもいい。

けれど、決して、相手の最も弱い部分を

責めてはならない。」

私は、この教えのために、いつも喧嘩に勝てませんでした。

自分がぼこぼこに傷つけられても、

どうしても相手をぼこぼこにできないのです。

しかし、今では、この「喧嘩の方法を教える知恵」に

とても感謝をしています。

 

自然療法を学ぶうちに、

人は、論理で喧嘩に勝ったとしても、

決して、相手は納得することはなく、

相手の心には、不満が残り、余計に怒りをかうだけという

人の心理に気がついたからです。

 

教えられたもう一つの知恵は、

「自分が幸せでなければ、人を幸せにできない」

というものです。

確かに、

いつも、眉根にしわを寄せて、不機嫌なママでいると、

子供たちの心も、重苦しくすさんできますよね。

 

私は、子供たちを幸せにするためには、

まず、自分の心が幸せでなければならないと思い、

「どうやって自分を幸せにするか」を

いつも考え、学び続けてきました。

これが、自然療法を学んできた理で由もあります。

 

父から学んだ知恵

大酒のみで、ヘビースモーカーで早死にしてしまった父。

しかし、私たち子供3人は、全員、父を心から尊敬していました。

戦時中、海軍に所属していた父は、

乗っていた船が撃沈し、二日間、

船の残骸につかまり海を漂流したそうです。

たどり着いた島で、捕虜となり、数年を過ごします。

しかし、そんな苦労話をいつも、おとぎ話のように、

笑いながら、子供たちに話していました。

父の怒った顔を一度も見たことがありません。

いつも、飄々としていて、どんなときでも、変わらないのです。

商売をしていた父には、

夜逃げを覚悟しなければならないときもあったようですが、

そんなときでも、少しも変わらないのです。

 

戦争を体験し、死線を超えてきた人だから、強い人だったんだと

以前は思っていましたが、いつのころからか、

違う見方をするようになりました。

 

つらい状況を一人で抱えていたからこそ、

大酒のみでヘビースモーカーだったんだと。

 

私たち家族を心から大切に想っていたからこそ、

心配をかけないよう、必死で守ってくれていたんだと。

 

父を見習い、

どんなときでも、変わらず、笑顔でいられる自分でありたいと

願っているのですが、これは、

今でも達成できない難しい課題です。

 

「知恵」の伝え方について

母は、たくさんの「生きていくための知恵」を

言葉で語ってくれました。

こうした知恵を、言葉にして教えてもらうと、

心の中に、明確に印象づけられ、

いざというときに、さっと心の引き出しから

言葉で、思いだせますね。

 

一方、父や祖母は、言葉ではなく、

背中で「生きる知恵」を示してくれました。

 

「生きる知恵」とは「人生そのもの」

生きるための知恵は、単に言葉だけで伝わるものではありません。

そこには、その知恵を実践し、

一生懸命に貫いてきた人生があるからこそ、

子供たちの心に伝わるのです。

 

そんな珠玉のような、あなたの人生の「生きていくための知恵」を

言葉にして、

あるいは、ご自分の背中で、

子供たちに、どうか、伝えていってください。

 

まとめ

今回は、

「さわやか子育て講座」の

「生きていくための知恵を教える」をテーマに、

「知識」と「知恵」の違い、

子供たちが「知恵」を教えられていない現状や将来への不安、

私を導いてくれた「生きていくための知恵」の数々や、

その伝え方など、お伝えしてきました。

いかがだったでしょうか?

 

今回はここまでです。

最後までお読みくださり、ありがとうございました。

次回、またお会いしましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「知識」と「知恵」は、全く別物なのです。

子供たちは、学校や塾で、「知識」を学んでいますが、

「知恵」は、どこで教えられるのでしょうか?

そもそも「知恵」というのは、どういうものなのでしょうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

成績重視の今の日本の世の中、

最近の子供たちは、

学校の勉強以外にも、塾や習い事に通い、

忙しい生活を送っているようです。

ご両親も、子供の成績が良く、

問題なく、学校に通えていれば、

安心しているようですが、

本当に、それでよいのでしょうか?

 

しかし、子供たちが、

学校や塾や習い事で学んでいる多くは、

さまざまな知識です。

「生きていくための知恵」は、

いったい、どこで教わっているのでしょうか?