【墨彩画の参考資料】伊藤若冲って、どんな画家?代表作品を解説します。

こんにちは。

墨彩画家でセラピストの桂颯(けいそう)です。

今回は、

若い人にも人気の高い

伊藤若冲(いとうじゃくちゅう)という

江戸時代の絵師について、

その歴史や有名作品について、

わかりやすく解説したいと思います。

若冲といえば、

わたしには忘れられない

苦い思い出があります。

2016年4月に、東京都美術館で、

生誕300年を記念して「若冲展」が

開催されたのですが、

 

行ってみたら、長蛇の列。

 

なんと5時間待ちだったので

断念しました。

 

だって、うちから電車に乗って、

上野の美術館に行くまでに

2時間以上かかっていましたから。

 

もう少し若かったら、頑張ったかなあ……。

改めて、人気の高さを実感した次第です。

では、早速、若冲について、

解説していきますね。

 

伊藤若冲って、どんな絵師?

江戸時代中期、写実と想像を融合させた

「奇想の画家」として活躍した絵師です。

 

若冲」という雅号は、

禅の師であった相国寺の禅僧「大典顕常」より

与えられたとされ、

「老子」の「大いに充実しているものは、空っぽのように見える」

という内容の文章に由来しているようです。

伊藤若冲の歴史

若冲は、

1716年、

京都の錦小路にある「桝屋」という

裕福な青物問屋の長男として生まれました。

 

父の死去に伴い、

23歳で家督を継いだ若冲は、

人生の前半を

青物問屋の主人として生きます。

 

しかし、絵を描くこと以外、

他の芸事もせず、酒も飲まず、

生涯妻も娶らなかった若冲は、

40歳になった時、

弟に家督を譲って隠居し、

絵に専念するようになります。

 

きっと、水を得た魚のように、

絵の世界に没頭したことでしょう。

 

熱心な仏教徒であった若冲は、

鳥や虫や魚などの動物、

草木などの植物の

あらゆる生き物の命を尊び、慈しみ、

その姿を描きたいと願うようになります。

 

 

そうした想いから、生まれた絵が、

若冲の代表作

「動植綵絵」(どうしょくさいえ)なんですね。

 

この動植綵絵は、

42歳から約10年をかけて描かれました。

 

そして、1770年の父の33回忌の時に、

「動植綵絵」30幅と「釈迦三尊」3幅を、

相国寺に寄進したのです。

 

1800年、若冲は、

たくさんの絵を描き、

85歳という長寿を全うしました。

若冲の代表作品

秋瑭群雀図

慈悲深い若冲が、

市場に売られていた雀を

哀れに思って、大量に買い取り、

空に放してやった雀を

描いたのだそうです。

 

たくさんを意味する百から一をひくと「白」。

白い雀も一羽飛んでいますね。

 

老松孔雀図

松の老木に、

白い孔雀が片足で立っています。

孔雀の羽根は、細い線で描かれており、

羽の中の丸い模様は、金泥の上に

当時、大変高価だった

緑青と群青が使われています。

 

老松白鶏図

庭に放し飼いにしていた鶏を毎日毎日

熱心に観察していました。

 

白い羽根は、表からは胡粉で描き、

裏からは、

黄色の染料で裏彩色を施しています。

老松鸚鵡図

右側に白いオウムが2羽、

左側に緑色のオウムが1羽、

同じ方向をみて、

老松の上に立っています。

 

オウムの瞳には、漆が使われいます。

 

芦鵞図

鵞鳥の白い羽根は、金泥の上から

胡粉で緻密に描かれているのに対し、

 

芦は、墨で粗粗しく描かれています。

 

このように、

彩色と水墨を混在させる方法は、

中国の花鳥画にみられる

伝統的な技法です。

 

梅花群鶴図

よくよく脚の数を見てみると、

実は、鶴は6羽いて、

頭が隠れているんですね。

 

不思議な構図の絵です。

 

群鶏図

13羽の雄鶏が、

色鮮やかに描かれている、

若冲の作品中、

最も有名な絵ではないでしょうか?

 

目の覚めるような赤、

墨の黒、

美しい胡粉の白が、

印象的ですね。

 

さて、今回はここまでです。

 

まだまだ、沢山の作品がありますが、

続きは、

次回、ご紹介させて頂きますね。

では、また次回にお会いしましょう!

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